第7回うおのめ文学賞

■総括■

結果

文責 実行委員長 大江眞輝/詩部門 Aya-Maidz.

 第7回を数える本賞では、60作品のエントリーがありました。
 回を重ねるにつれて、毎年エントリーしてくださる方の作品クオリティが向上していくのを体感しています。
 今回、「短編小説部門」、「掌編小説部門」、「ショートショート部門」の選考は一次選考として大江が数作品を選出、二次選考で各選考委員と大江が選考をし、最終選考を大江が担当し、最終的には選考委員会の会議によって各部門の優秀賞、実行委員長特別賞、選考委員奨励賞を決定し、「詩部門」では一次選考としてAya-Maidz.が数作品を選出した上で選考委員会で2次選考を行い、3次選考として大江とAya-Maidz.による会議ですりあわせを行った上で、選考委員を交えた会議で最終決定を行いました。
 各部門、平均的に前年を上回るクオリティで、最終選考に至るまでに接戦を繰り広げました。
 今回特徴的に感じたのは、メインイベントであるこの文学賞以外にも、感想広場での交流が活発であったことです。
 本賞の目的は文学賞を大きく掲げてはいますが、書き手相互のコミュニケーションを大変重要視しています。
 創作は一人でするものですが、文学はみんなでするものです。そうした理念のもと、大変活発な交流ができたこと、とても嬉しく思います。

■短編小説部門
 年々、短編小説部門のクオリティは向上しているように感じます。今回集まった作品も丁寧に仕上げられたあとが感じられる作品が多かったように思います。各人それぞれに趣向を凝らし、自分らしい作品でのエントリーとなりました。
 選考を行っていく課程で、物語の重層感があるかどうかというのが、ポイントになったように思います。物語の重層感とは、ただ単にテーマの重い軽いということではありません。言葉を厳選し、重ねていく作業の中で、何を書いて何を書かないのか、書いて伝えることと書かずに伝えることの意識化、あるいは、言葉の厳選の中での収束に何らかの付加的余韻を生むこと、一つの描写、エピソードに多角的な意味合いを持たせる等です。
 特に、枚数の少ない作品では、言葉の厳選にいかに意識的に取り組むかが作品を生かすも殺すにも繋がっていくことです。その枚数で過不足無く書き上げるためには、書かずに伝えること、書いて伝えることに意識的になることが重要で、言葉を重複させない(枚数の少ない作品では、同じ言葉は二度と使わないぐらいの意気込みが必要です)、説明箇所は省いて描写で説得させるという技術が肝心になってきます。例えば、「万年筆を買う僧侶」、「一番近くて遠いのは」などは、登場人物に語らせながら「描写」ができている作品です。これらは、ともすれば、ただの説明的会話になってしまう箇所ですが、エピソードを語らせているようで、活き活きと読者に伝わる描写があります。
 他方、リフレインが効果をもたらす場合があります。「クビツリプレイ」は、語り手のリフレインが内面的葛藤をよく表現していて、効果を出しています。また、この作品の場合、単なるリフレインにとどまらず、語尾に変化をつけるなど、リズムの保持、言葉の意味の転がりなど多くの意味を持ってなされています。
 また、本賞ではSF作品は少数派ではあるのですが、「アンチ・アナストロフェ」など秀逸な作品の登場がありました。この作品もまた、主人公の語りの中で両親の描写を読者に活き活きと伝えています。そして、説明的なことは書かずとも、両親の娘への思い、父親の性格、母親の性格が伝わってくるのです。一次選考、二次選考と選考を進めながら、比較的小説作品としてのまとまりを見せている作品群の中で、そうした点が一つのキーワードになったように思います。

「止まぬ鼓動」(桜依美野)3つの記号(人格を持った記号)を持った3者のベクトルは“僕”へと向かっている。曖昧で透明度の高い“僕”に輪郭を与えようと言葉がつなげられているのだが、文章がねじれていたり、言葉の吟味が足らなかったり、過度の表現でつっかえさせてしまったりして、読み取りにくい。三者のベクトルの動きを文章の外側で動かせばこの物語は動き出すだろうが、もったいなくも最後までベクトルは動かない。ベクトルを動かして、読者・物語を開放するには、言葉を吟味し、表現のねじれを直して、できるだけシンプルにして、必要な箇所の描写にポイントをもっていくことで、改善されるでしょう。そうした言葉の整理を何度か繰り返す内に、この作者は自分の世界観を作品へと昇華するようになるでしょう。

「万年筆を買う僧侶」
 「殺人」「僧侶」「万年筆」と不釣り合いな言葉を巧く組み合わせて描いた面白い作品。
 途中、一カ所だけ僧侶の視点となっている箇所があり、そこが作品全体の伏線となっているが、伏線の配置という形式にこだわるよりも、視点の統一の中で伏線の配置を試みて欲しい。

「ゲールフォース」
 青春物、部活根性物として面白く仕上がっていて、最後まで読ませる力を持っている。言葉がつっかえていたり、同じ単語を連用したり、文章としての拙さは否めない。構成的には冒頭の中学時代の入学説明会のシーンはもっと完結にするか、カットしても全体に影響を与えないだろう。時制が見えにくいので、ドラマのノベライズ手法ではなく、小説の書き方で時制をハッキリとさせ、同じ言葉の連なりをとり、文章のリズムを整えれば、もっと面白くなる。ピュアな感性を持った作者なので、一つ一つ課題を乗り越え、成長を見守りたい。

「帰りましょう家族のもとへ」
 幾人かの視点を組み合わせて成り立っているが、一人に集中しても良い。語らせて描写していくことで、回想シーンは補えるだろう。樹海という生と死の境界線で悩む者の心情が良く表現された作品。

「ジェイムズ・スターリング空を飛ぶ」
作品枚数を適切に理解し、活用した作品。外国を舞台にした必然性も、言葉の面白みを最大限発揮することでよく出ている。言葉を良く吟味し、そのリズム感で作品を読ませていく力を持っている。

「小さな銀色の飛行機」
 近未来小説を思わせる、ファンタジックな作品。主人公は汚染され尽くした街に嫌気がさして飛行機で脱出を試みるが、その飛行機には操縦するための必要な機器類が全く装着されていない。どこへ向かうかは乗客が決める。強い意志を持った人間だけが生き残っていく世界。文章も丁寧で作者の世界観を一つ一つ紡いでいくような作品に好感が持てるが、作品全体のうねりが小さく感じる。もっと思う存分、作品世界の中で遊んでみても良い。

「100円ライターの世界」
 突然見ず知らずの人間同士がエレベーターの中に閉じこめられたらと言う空間を面白く描いている。高級なジッポライターと100円ライターとの違いに目をつけた着眼点は面白いが、ストーリーが主人公の語りだけに終始してしまっているのはもったいない。また、相手の女性のキャラクター作りもあまり深みがない。ライターの灯りだけで照らす間柄だからこそ浮かび上がる世界観を活かして書いてみて欲しい。

「明るい街で」
 しっとりとした文体が物語に良く馴染んでいる。時間軸がハッキリしない部分もあるが、容易に修正できる範囲で、すらりと読み進められた。長年連れ添った夫婦ならではのやりとりにほっとさせられる作品である。

「アンチ・アナストロフェ」
 秀逸なSF小説。いかに生き残るか、という葛藤が非常に良く描かれている。「生きる」ということに徹底的に向き合い、書かれているのが好印象。これといった冒険などが書かれている訳ではないが、「乱暴されても良いから」誰かと接したい、「一人では生きていけない」と何十日もかけて歩き続ける主人公の切実さが印象深い。

「やみ夜に浮かぶ月のふね」
 記憶を無くした主人公が、自分を取り戻していく物語。ナビゲーターともなる友人の過去の恋のエピソードもその中で絡んでくるわけだが、どうもそのエピソードがうまくなじんでいない。南の島を丁寧に描写した作品なので、その南国ならではのエピソードを巧く配置して、「過去の自分」→「現在の自分」につなげられれば、爽やかな文章とマッチした良い作品になっていくように思う。

「NAME」
 作者初のホラー作品だと言うことだが、堂々としたできばえに仕上がっている。恐怖を煽っていく手法など、ホラーの技術をしっかりもっている。もう少し枚数を使って、細かな描写を重ねられたかもしれない。スピード感との共存は難しい部分もあるが、初ホラー作品でここまで完成しているのだから、どんどん良くなっていくだろう。

「バイクの後ろにまたがって」
異国情緒あふれる作品。西部劇とイージーライダーとミッションを課された冒険劇が様々に組み合わされている。自殺を防止するために“カウボーイ”によって撃たれた主人公。主人公の婚約者マリーの自殺が作品全編を通して根底に流れる。文章自体は、多少凝りすぎてわかりにくい部分がある。その反面で直球に「悲しみ」と言う言葉が用いられていたり、全体としてアンバランス。もう少しストレートな表現で、かつ「悲しみ」などという言葉を用いない表現を目指す余地があるだろう。また、マリーの自殺だが、自殺というのは何らかの形で誰かへの殺意が根底にあるものであるが、マリーの場合は主人公に向けられたものと解釈するのが一般的。しかし、主人公はそのことに気付いているのだろうか、それが一番引っかかった箇所である。

「星の宴」
 壮大な秘密を巡る物語は、今年話題となった「ダヴィンチ・コード」を思わせる。それだけに、文章の細部が練られていない印象が残念に思う。ファンタジック・コメディが中途半端な印象を受けてしまうのは、この文章所以。何度か文章を練ることで、ファンタジーとしての完成もなし得ること。今後の作品に注目したい。

「夕陽を追いかけて」
 感想広場でも話題になったようだが、主人公のジェンダーの本質が分かり難いのが残念。
 夕陽を浴びての性交シーンは美しく描けているのだが、それだけに、主人公自身がよくわからないまま終わってしまったのが非常に残念。人の数だけ性があるさえ言われ、この場合の主人公の性はこうだとははっきりと言い難いものがあるにせよ、読者にダイレクトに伝える工夫をする余地があった。

「檻の中でダンス」
 痛々しいまでの青春群像がしっかり描けている作品。前半と後半では文章のタッチが変わってきているが、主人公の内面の変化を反映し計算されたものだろうか。その計算が成功しているかは微妙である。むしろ、タッチは統一しながら、ストーリーの展開と共に現れる主人公の変化だけで表現できているのではないだろうか。それにしても、友達とも家族とも傷つけ合わなければ抱きしめ合えない悲しくも初々しさがよく表現されている。

「風見鶏」
綿密に計算された構成のマジックにどんどん読み進められる作品。スナック“エンジェル”の雰囲気も独自性があって、作品に入り込むことができる。一方で、カオル、アイの個性をつかむまでに多少時間がかかる。特にカオルは目立った癖や特徴がなく、没個性になってしまっているのが残念。

「325病室」
 心温まる話だが、決定的に損をしている。まず、文章。《診察室は鈍くなった》等、意味の不明瞭な文章や視点の乱れが目立つ。それから、治療に関してのディティールがない。つらい闘病生活が見えてこないのはせっかくの父と娘との関係を追った部分に損をもたらしている。劇中ドラマの作品の中での位置関係が不明瞭なのも残念。そうしたものを一つ一つ解決していくことで、この物語は違う輝きを持つだろう。

「一番近くて遠いのは」
 物語、台詞回しともによくあるパターンと言って過言ではない。ただ、それだけにとどまらないこの作品の魅力は、語りで進むストーリーでありながら、語りの中に明確なイメージを伴った描写が順序よく計算されて挿入されていることだ。“子供の思いこみによる自殺”という先入観から入った読者を丁寧に一つずつの描写で解きほぐしていく。そんな魅力を持った作品。

「オトコギライ」
ジュニア小説として楽しく読めた。ただ、“オトコギライ”の奥にあるものが平坦で、さらりとしすぎているのが残念。何か決定的なエピソードを加えるなり、“オトコギライ”の本質を描いて欲しい。

「死印」
 書き慣れた印象の作品。死相が見えるという特殊な能力を持った主人公の葛藤が良く出ている。そうした設定と逆転していく構成はさほど珍しいものではないので、もう一点、何か工夫が欲しかった。

「クビツリプレイ」
 資料をきちんとそろえて書かれた作品で、その資料を活かして“自分の言葉”を大切にしている。文章のリズムも良い。安易なリフレインは失敗しがちだが、この作品ではリフレインに最大限の効果を生み、さらに後に続けていく転がりもあるのが巧いところ。

「ナラズモノノミ」
 独特な言葉遣いを見事に使いこなし、不思議な世界観を描いている。「隣人」「食」に言葉を集中させて物語が展開していく手法は目新しく感じる。

「老人とワルツ」
 極端に高齢の父親と息子との関係の中に、ごく当たり前の父子の関係、姉弟の関係が描き込まれている。年老いた父親を持ったことに対する心情をもっと丁寧に書き込んでいけば、反転するように母親との関係も見えてくるだろう。



■掌編小説部門

 オンライン小説がそのジャンルを確立していく段階で、顕著になってきたのが、枚数の二極化です。短いか長いか。その影響なのか、2年ほど前から掌編小説部門のエントリー数が減ってきているように感じます。掌編小説もショートショートも枚数が限られている分、
・同じ言葉の多用は避ける。
・行間で書く部分を意識的に。
という課題がありますが、これらを効果的に使うことで抑制の美を表現できている作品は少なかったように思います。これらが効果的に使われなければ、所謂、「筋書き」としての作品になってしまう訳です。ストーリーを動かすことも肝要ではあるのですが、それよりも書かない部分で表現するゆとりがジャンルを超えて文芸作品としての力の見せ所でもあるのです。

「ツバサ」
 心地良い青春小説。「交換日記」ならぬ「交換小説」を通じて、互いの呼吸を通わせて、友情を育む様子に、互いの距離がだんだんに縮まっていくのが伝わってくる。展開に多少雑な部分が見えるので、もう少しスローテンポで、描写で活かす場面を作るといい。

「海音」
 思春期の瑞々しい自由への欲求がストレートに描かれていて好感が持てる作品。ラストに関しては、近未来の主人公を思わせているが、様々に読めてしまう。作者の思うラスト、情感へ導くために、波打ち際という境界線を説得しなければならない。彼女はその境界を越えずにいると解釈できるが、超えた場所に極めて近いところに止まっている。何故、それを超えたのか、もう少し、本文中に切実感が欲しい。

「あかいくつは、バレエに向かない」
 語らせることで描写する技術に長けた作品。掌編小説で、語りが重なりつつ転がっていく手法を用いているだけに、「アタシ」が「あたし」に変わったりというミスはできるだけ避けて欲しい。背景の事件は単純に設定し、死んだ飯塚の背景が適度な重みを持っているそのバランス感覚が巧い。

「海を見たい」
 淡いタッチの美しい水彩画を見ているような気分になる作品。回想を重ね、読者の心の視点を一人の女性に結び、主人公の思いのベクトルを理解させている。まさに、書かずして書くことを心得ている作者。これからの活躍に期待したい。

「ゼリービーンズのような……」
 思春期前夜の少女の心情がとても活き活きと描かれている。カラフルで光沢のある、子供らしさをゼリービーンズで表現し、全てを説得させてしまう力はすばらしい。シーンの曖昧さが多少気になるところなので、文章にメリハリをつけるといい。

「しあわせは手を振りながらやってくる」
 タイトルがとても良い。「しあわせ」は追いかけなければというのが現在の世知辛い世の中の常ですが、笑っていることで「しあわせ」が来てくれるという。そして、それが父という人生が残してくれた最大の遺産だと言うこと。テーマがとても優しく、誰もが心の奥にもっているものです。物語に大きな波がないのは少し残念ですが、煮詰めていくことで輝く書き手さんだと思います。

「空に投げた約束〜帰郷〜」
 今まで、本賞でありそうで無かったものの一つに、プロの歌手が主人公となった作品である。その着眼点の新鮮さにまずは目を引かれた。文章もプレーンにまとめられていて、読みやすく、ライトノベルとして成功している。ただ一つ残念だったのは、主人公の葛藤があまりに平坦であったことだろうか。もう一工夫欲しい作品である。



■ショートショート部門
枚数が短いだけに、アイデアだけでは粗が目立つ部門です。ショートショートに限らず、どんな長さの作品でもそうなのですが、原稿用紙を過不足なく使うために、《同じ言葉の多用はさける》ということがあります。極めて短い小説だけに、どれだけイメージを読者に伝えることができるかがポイントになってきます。端的な描写力が問われるジャンルでもあるのです。

「足音」
 父の足音を聞き分ける病弱で繊細な少年の短い一生を描いた情感あふれる作品です。それだけに、文章のリズム感、歯切れが悪いことと、印象深いエピソードが薄いのが残念です。戦況が悪化していく中、
《 雄一の病と同じように、戦局も日々悪化しつつあった。国民には隠されていたが、帝国陸海軍は方々で敗勢に陥っていた。
 ある日、征雄宛てに、内心恐れていた召集令状が来た。
 町内で型通りの壮行会が行われ、征雄は列車に乗って、県庁のある都市へ旅立った。
 出発前、仏壇のある居間で、糸と雄一は正座して「必ず戻ってきて下さい」と頭を深々と下げ、征雄は「分かった」と大声で答えた。》
の箇所には言葉にできない家族の不安と悲しみがあったはずです。そこを強く描写するだけでも、《足音》を探す少年の気持ちが深く刻まれるでしょう。


「懲役五年」
 第一に感じたのは、読者が立ち位置を定められるのに非常に時間がかかると言うこと。リアリズムとして読むべきか、そうでないのか。自分を解放しようとして主人公は家に火を放ち、懲役五年という実刑を言い渡されるのですが、そのあたりはリアリズムなのですが、“囚人は注射を受けて眠る”という箇所が、作者が描こうとした世界の帳尻あわせに思えてならんのです。「自由を得たい」という主人公の切実な気持ちは伝わってくるのですが、自分の家に火を放って得たはずの自由ではなく、背負った罪から解き放たれたかったのでしょうか。それとも、懲役五年という限定された服役期間にプラスされる、悪夢という苦しみが懲役に含まれるもので、少女は司法の体の良い処刑を受けたのでしょうか。そのあたりの能動性と受動性の境界線も知りたいところです。しかし、少ない枚数にあれこれ詰め込む訳ではない書き方に好感をもちました。

「楼閣」
砂漠の蜃気楼。言葉に言い表せないほど孤独と死の恐怖。そういった描写の裏で、作者は人生における孤独を表現したのでしょうか。もう少し、砂漠と大都会の幻影をリンクさせるような描写を入れると、奥行きが広がったように思います。

「王国へ帰った左衛門」
 作者のこの作品を書く切実さがよく表れている。作者の中で線にし、映像にして弔わなければならない必然性がひしひしと伝わってきます。《ご主人様、繰りかえして言いますが、私はご主人様の優しさの中にいつもいます。》この箇所にすべてが凝縮されていると言って良いでしょう。左衛門とご主人様はどこでどうやって再会しているのだろうか。そんなエピソードも書いて欲しい。


「戒め」
 小説とはこれと言った定義付けは難しいものではあるのですが、私は、小説とは、“人間”を描くのが文芸であると思っています。この作品は、濃密な言葉、濃密な文章を紡いで作品世界を描いていますが、概念化された人間であって、“個別的な人間”が見えてこないのが残念です。昨今の少年犯罪という重い題材を選んでいるのですが、“誰でもない少年で、誰かかもしれない少年”ではなく、“誰でもない少年でありながら、確かに存在する少年”を描いて欲しかったように思います。五感をフルに活かした描写力を持っている作者なので、これからも注目したい。

「譲り合い文化圏」
 日本の過剰なまでに譲り合う文化をデフォルメし、面白く読める作品。
 ただ、主人公(語り手)が作品の中に入ってこないのが、残念。主人公自身が積極的にストーリーに参加して、葛藤を昇華して欲しい。

「虫」
 主人公は昆虫学を専門としているということだが、それにしては、虫の捕獲方法にしても、その虫の調べ方にしてもリアリティがないように思う。「虫」を題材にした小説は多く見られるが、その中で特異性を見せる必要がある。また、枚数が少ないので、章立てをする必要はなく、枚数をフルに活かして、書き上げて欲しい。

「カヲル」
 ギリギリまで犬視点ということを明かさずに進んでいく。しかし、ラストでのカヲルを思う気持ちを表現するために、作者自身も我慢しきれずに明かしたような印象がある。それを解消するためには、構成を変え、ガス室に送られていく者の視点から回想へと入れば、奥行きも増すのではなかろうか。

「君へ」
一つの恋から成長して大人になった「僕」。全体的に(文章も主人公も)押さない印象がぬぐえません。
“君”のなりたかった「先生」になった“僕”は“君”と同一化したかったのでしょうか。ラストもつきあい始めた幼い時のままの視点で終始してしまっているので、作品をいったん突き放して、「大人になった僕」になりきって書いてみると良いでしょう。純真な心を持った作者ですから、純真な心の大人像を書ける日はそんなに遠くないと思っています。

「薔薇を食べてはいけない」
 日常に潜む恐怖を描くのが大変巧い作者で、今回も、「薔薇を食べる人」という極たまに見かける人の登場から立ち上がり、どんどんとその魅力に引きずり込まれていく主人公を淡々と描き上げている。ただ、読者に「薔薇を食べてみたい」と思わせるには何かが足りない。それは、味覚であり、食感である。もっと五感に訴えかける文章に密度をシフトしても良いかも知れない。

「ブロッコリーの惑星」
 言葉の厳選が秀逸な作品。ストーリーを廃して言葉の厳選とその動かし方で作品に息を吹き込んでいる。つまり、それはリアリティを廃して個別性リアリティを表現している作品。ショートショートの枚数だからこそ可能なこの手法を活かしている。

「あの夏の金魚」
 散文詩を読んでいるような、絵画のような作品で、金魚の骨というある意味不気味な存在にぶち当たりながら、美しく描かれているのは、言葉の動かし方が美しいためだろう。



■詩部門
良くも悪くも、二極化した今回の詩部門。詩部門の寸評はAya-Maidz.さんに担当していただきました。
 
「不動明王」
視点や発想は面白いけれど、描かれた心情が表層的で独り言のようになってしまったのが残念。後半の笑いどころも話を切り出すタイミングを逸した印象も強いです。作品そのものの要点はどこで何を見せたい/伝えたいのかを見極めた上で、その部分にどのように焦点を当てるかという工夫も読み物としての詩には必要です。

「存在」
感情の表面的な部分を勢いで描いた自身の独白になってしまっている。作品の主題となっているのは程度はともかく誰もが一度は感じうる普遍的な感情の一つなので、その感情に対してもう一歩踏み込んでくれないと「あ、分かる」とか「昔は私もそう思ったものだねぇ」以上の関心は抱けないのが正直なところです。そうした部分を踏まえた上で“詩を書く=読み物を書く”という基本的な心構えを忘れないでほしい。

「ある夕刻に」
作中における「さびしさ」に焦点を当て、淡く切ない色調を丁寧に描けています。ただこの作品世界や主題となる感情を作者・読者間で共有するにはもう少し描写に力を入れても良いと思わせる箇所があるのも確か。一つは作品舞台を描いた一連目。冒頭の「気付かなかった色」を読者にはどのようにイメージさせるかに工夫があって良かったと感じます。もう一つは三連目の「耐えぬさびしさ」。二連目の描写をさらりと結論づけてしまい、読者の感情移入を拒絶してしまった感が残ります。

「僕のサンタクロース」
物語を最後まで書ききることに精一杯になってしまった印象がありますね。そのため最後に「・・・・・・」を置いて強引に共感を惹こうとしているように映ります。この作品において本当に伝えたい部分は主人公の一体どういう心情だったのか、それをまず第一にはっきりさせる、次にその部分がどのように描けば作品の核になるのか、こうした工夫を作品内に盛り込んでほしいところです。

「ピアノ」
作品内から読み取れない情報がかなり多く、作品で描かれた情景やイメージ、展開についていけない部分が多いです。おそらく作者自身の作品における説明などがあれば「なるほど」と思える点は増えてくるのでしょうけど、逆に説明がなければ分からない点が多いとなると読み物としてはかなりつらいです。

「朝」
主人公の心情描写が主体でそれを比較的ストレートに語っているのですが、「私のこと分かって?」と言わんばかりに一方的に語るのではなく、目を覚ました朝一番に自身に言い聞かせるという形を取ったのは手法としてある程度成功していると言えます。ただ心情の全てを書ける範囲で伝えようとした感があり、説明っぽくなっている点に関しては少し残念です。

「双龍の翼」
作品の世界観や場面、状況などの理解を促す描写が作品内に一切ないので、一つ一つの単語が何を意味するのかを読み取れず、結果としてよく分からなかったというのが正直なところです。この作品における「絶色」「青の精神」「赤の精神」など、用語集があれば楽しく読める要素は出てくるのでしょうが、逆に用語集がないと分からないのはちょっと困りますね。

「芝生に座って」
思ったことをそのまま文として書き進めた感じで、この作品を通して筆者が本当に伝えたいことは何だったのかを作品が含有する整理のついていない冗長さで見失ってしまいます。本作におけるキーとなる部分は「好かれたとき 私は何もしなくなった」と最終連だと読み取れるのですが、ここを中心にして"考えていたこと"をもっと掘り下げないと、読み物ではなく独白になってしまいますね。

「青空」
一連目の「青空は天使の聖霊 嵐は主への復讐」という部分、言葉はかっこいいんですけれどそれ以上の意味を見出せなかったのは残念なところです。作品を読めば"綺麗な言葉を綴る"以上の想いであったり意図がはっきり伝わりますから、それならば四連目「与えられた慰め 頬に涙が流れる」、その瞬間の感情をもっと突き詰めて丁寧に描いた方が作品として映えてくると思います。

「道しるべ」
物語としては読みやすくて、主人公の心情もポジティブで小気味好いのですが、表層的な出来事の方が中心に描かれているので"僕"にきっかけを与えてくれた"あなた"の存在の薄さが気になります。最終連の「こうやって 僕たちはまだまだ歩いていける。」これを裏付ける心境面での変化やその程度といった部分がもう少し描かれると厚みのある作品になったでしょう。

「干潟の風景」
「11 土足」あるいは「12 終章」で急に作品の調子が変わる上に、特に締めとなる 12 の部分では最初に登場したムツゴロウも飛びハゼもその他諸々の話と直接的な関係を持たないないので、作品の大半を占める 10 までの物語や展開の存在意義に疑問を感じてしまいます。せっかく作品に取り上げた素材ですから有意義に活用したいところですね。

「FEELING」
歌詞風で自身にも深入りしない心情描写は今風と言えばその通りなんですが、歌を伴わず言葉だけで表現する上では作品としての内容・描写の薄さが際立つ印象があります。そういう意味では四連目「逃げ出すことしかすぐには出来ないくせに〜」の部分が作品の要点になるわけですが、心情の掘り下げをもう少ししないと、言葉だけと受け取られかねませんね。

「片思い」
漢字の使い方など、文調と言葉一つ一つ堅さにちょっとした違和感を感じないわけではないのですが、一つの"片思い"にまつわる出来事/感情は十分に描けていると思います。ただ心情描写がやや表層的なのと喩えの部分がやや地に足の付いていない感じの表現が目立つので、もう少しその辺りに工夫しても良いでしょう。

「熱帯アメリカ」
言葉で描かれているにも関わらず読者の脳裡にイメージの想起を促す、とても丁寧な描写は全エントリー作の中でも随一です。唯一気になったのは作品内における筆者の視点位置。異国の街の雰囲気を感じるような描写なのでこれだけで十分に何かを感じるのも確かなのですが、それを感じるだけで良いのかという疑問は多少残ります。

「雨脚」
四連目の「ここに こうしている理由を〜」の部分が作品全体を説明してしまっている点については気になりますが、特に雨を上手く使うことで言葉だけでは表現し切れない心情の描写に成功していて、全体としては多少こじんまりした印象もありますが、詩情あふれる表現に満ちていて好感が持てます。

「ロシアパンを売る少女」
書き慣れた感があって、冗長な印象はあるものの全体的な描写については丁寧で読みやすかったです。ただ前情報のない話や立ち位置へ一時的に急転換してしまう箇所があるのは、作中で描かれている以上の情報を持ち得ない読者には混乱に元になりかねません。感想板にも挙がっている6連、12連の転調の仕方に気を配るともっと焦点がはっきりして作品にも親しみが抱けるでしょう。

「星屑の停車場にて」
本題となる主人公の感情自体はほとんど作中で述べられていないが、ぶれることのない一貫したその一つの想いを伝えるには、下手に語る以外にも手段はあるんだと他エントリーにさえも訴えかけるほどに心情表現は抜きん出ています。作中に場面・状況描写を補足する内容がないので"俺"と"私"の関係について、あるいはロシア革命やチェルノブイリの場面においてはイメージの飛躍の仕方が他の飛躍とベクトルが違うなど混乱を招きうる要素もありますが、どれほど真摯で誠実な想いなのかは十分伝わってきます。

「ピアノの非形成風景」
シュールな世界観とマッチした作品のテンポの良さは評価できるところではありますが、舞台だけがとりあえずシュールで展開にそれほど目新しい感があるわけでもなく、とりわけイメージの飛躍もなくせっかくの世界観がほとんど活かされていないのはもったいないです。もう少し遊び心と思い切った表現を取り入れる余裕があっても良かったかもしれませんね。

うおのめ文学賞 実行委員長 大江眞輝/選考委員 Aya-Maidz.
      
         
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